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「あらしのよるに」:いくらでも深読みできる映画 [映画]

 草を食べるヤギとヤギを食べるオオカミの間に友情が成立したら?
 人気の絵本を映画化したというこの作品、原作は6巻+最新刊1巻(第7巻)という構成ですが、映画のストーリーは基本的にそれらをすべてなぞっているそうです。結末だけはちょっと違うという話も聞きましたが、ともあれ原作は未読ですので細かいところは不明です。

 ともあれ、原作とはまた違ったタッチの映画キャラクターデザインも美しく、話も「あ、ここで繋げたな」感はするものの、それが却って物語にサーガ性というのでしょうか、長い物語であるという見方も与えていて、上質の子ども向け映画に感じられました。
 大人が見ると、ちょっと演出上突き詰めていない部分があるような気もするんですけどね・・・。ヤギのメイに対して、友情が芽生えつつもつい食欲を感じてしまうオオカミのガブの描写など、かなりリアルにどきどきするものがあるのですが、あまりそこのレベルばかり期待していると、やっぱり子ども向けに押さえたかなという部分もあって。

 ただそれゆえに、この映画は「ものすごく深読みできる映画になっている」という、かなり風変わりな特徴をそなえているのです。


 まず、ヤギのメイ。このキャラクターがなんとも不思議です。ええと名前ではわかりにくいですが、男性の俳優さん(成宮寛貴さん)が声をあてていることからもわかるように、オスです。あえてメスにしなかったあたりが、この映画に与えている影響を考えても想像が膨らみます。
 しかしこのメイ、一人称は「私」で口調もずっと丁寧語なので非常に中性的なキャラクターにはなっています。また性別問題を越えて、メイのキャラクター造形というのはなんとも不思議であることも確かなのです。

 最初お互いの種族を知らずに出会い(この出会いシーンは名場面でした)、相手の種族を知って驚き、でも友達だからと受け入れ、でもやっぱり美味しそう・・・食べたい・・・と苦悩するガブの心境は、こっちがどきどきしてしまうほどにしっかり描写されています。本当にメイが美味しそうに見えて、「その無防備さは、やばいよやばいよ」と勝手に頭を抱えるほどです。
 けれども、一方でメイも同じように苦悩していたはずなのに、彼の中性的な丁寧口調とどこかのんびりした仕草からはそれがまったく感じられません。しかし全然苦悩していなかったのだと言い切れるほど、吹っ切った感じでもないのです。
 何故ならポイントポイントで、彼は実に絶妙にガブの心(友情)を刺激する言葉をぽっと吐くのです。それはガブの「食べたい気持ち」が最高潮に盛り上がって今にも襲いかからんばかりの時だったりします。私はその様子を見ながら、これはいわゆる「小悪魔」というヤツなのではないかと勝手に苦悩していました。

 おそらく、この映画は基本的にガブの主観によって描かれているということなのでしょう。そう考えると、メイの優等生的神聖化も、「ガブはそんな風に見ていたのだ」という筋で納得できます。
 そして物語の終盤になって始めてメイの主観によって物語が進行するとき、その視点の切り返しの妙に、はからずも心打たれるのです。「ああ、メイもこんなことを考えて悩んでいたのだ」と。


 一方のガブは分かり易すぎるほどに分かり易いヤツです。あまり頭は回らないがゆえに、ヤギを友達にすることもできて、でも素直に食べたいと悩んでみたりもして、だけどそんな自分を恥じたり。そうして彼は深く考えない性格であるがゆえにいつまでも純真でいられる。
 非常に魅力的なキャラクターなのですが、「~やんす」口調と中村獅童さんの三枚目演技が彼を、単純に「格好良くなる」ことから避けさせていて、そこがまた魅力的です。これもまた物語の終盤で、ガブが発する一声(文字どおり声)にハッとする理由の一つでもあるのですが。

 非常に理屈ではない感性主体で描かれた作品(原作)という感じはします。最初のヤギとオオカミの出会いだけをまず決めていて、後はキャラクターが動くがままにまかせて描いていったらこうなったというような。
 その微妙な投げだしっぷりは、そのままヤギの世界からもオオカミの世界からも投げ出されてしまうメイとガブのあてどのなさに当てはまり、物語の自由な広がりと「心のままに動いてきたけど、ふっと気が付いたらどこに行けばいいのかわからなくなっていた」という心寂しさがただよいます。普通、そういう心理状態の人が山に登ろうとするのは必然であり、こうなるともう物語は悲劇の結末に向かうのが当然なのですが・・・まあそのあたりは劇場で。

 だってオオカミとヤギですよ。普通友情は成立しないし、成立したってつかの間の幸せの果てには悲劇的結末に行き着くことは分かっているでしょう。でもメイはヤギといってもただのヤギではなくて、ガブもオオカミといってもただのオオカミではなくて、いや二匹とも平凡なんだけど、やっぱりこの世界に誰一人として個性的でないモノはいないのだという、当たり前のことを確認させてくれるというか。
 ・・・書いていて段々訳が分からなくなってきましたが、このように単純な仕掛けでありながらとても奥深く、深読みさせてくれる作品なのです。それはキャラクターや物語を理屈ではなく感性で、愛おしんで描いたからこそ表れた魅力であり奥の深さだと思います。

 というわけでこの映画を観る際には、キャラクターに感情移入して慈しみながら見るというのが、一つの正解かなという気がしました。分かり易くて憎めないオオカミ、ガブの気持ちになって小悪魔メイに翻弄されてみるのもよし、メイの立場になって考えてみて、綱渡りのあやうい友情をなんとか渡りきってみるのもよし。
 ・・・考えてみれば、それって子供は当たり前にやっていることなんですよね。というわけで、やっぱりこの映画は良質の子ども向け映画だと思います。もちろん大人だって楽しめる、汚れちまった自分を嘆きつつ深読みしまくっても楽しめる作品なんですけど。

公式サイト:http://arayoru.com/pc/


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