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最終セッション-民主党の模索は続く:民主党「プラトン」記 [ブロガー懇談会関連]

 昨夜はさすがに力尽きて久々に早寝しました。では気合いを入れてクロージングセッションのレポートにうつりたいと思います。
 パネリストは飯尾潤(政策研究大学院大学教授)、増田寛也(岩手県知事)、神野直彦(東京大学教授)、金子郁容(慶応大学教授)、仙谷由人衆議院議員(プラトン代表理事)、松本剛明衆議院議員(民主党政策調査会長)という面々。さすがにこれだけ並ぶと壇上が手狭に感じられます。

 政治学を専門にしておられる飯尾教授が司会者兼コーディネイターという立場で、各パネリストに質問していくという形式で進行しました。その中には会場からよせられた質問も含まれます。

 ではまた以下、取ったノートを元にセッションを再構成します。私なりに要点をまとめたものですのでもちろん主観も入っている事、またもしかしたら記憶違いなどもあるかもしれないことをご承知おきください。間違いなどご指摘いただけましたら訂正します。
 ()内は私の付け加えです。今まで最長の長さですので、ヨロシク。


 第2セッション終了後、さすがにちょっと休憩しましょうということで15分ほどの休憩時間が取られました。急遽ホールの外に飲み物(ミネラルウォーターとコーヒーだったと思います)も用意され、やっぱり疲れたのかかなりの人が動きました。
 いかに盛り上がったとはいえ、開会から4時間近くぶっ続けでやっていましたからね。そのあたりも、なんか民主党さんらしいなと思うのですけど。さらにこのクロージングセッションも、雰囲気を考慮して時間延長の覚悟で参りますとのこと。あー、つくづく民主党さんらしい(マジメ)。
 ともあれ再開。

飯尾教授:
 (各セッションは)とてもいい話だったが、これがどう民主党と結びついていくのかを聞きたい。民主党の2議員さんに、どう思われたかの感想を伺いたいと思います。

仙谷議員:
 共感をもらいながら、まれに見る熱気のあるセッションになったと思う。国会との温度差などを思って感慨深かった。自己統治に基づくガバナンス(統治、管理)は、受け皿が出来つつある初期段階だと思う。
 中央は(このような動きに対し)、絶対に邪魔をしないようにする。(このような動きを)民主党内にも幅広く行き渡らせる。それぞれが広めていくことが大事だと思う。

松本議員:
 自民党とどう違うのかという質問に対しては、是々非々でいきたい。賛成する事には賛成するし、反対する事には反対する。(第2セッションで石田犬山市長がおっしゃっていたように)、自分の中にあることをストンと伝えられる形にすることが重要だと感じた。
 一つあらためないといけないなと思ったのは、今回のシンポジウムの雰囲気はとても明るい。今の政治は(このままでは大変なことになりますよとか)脅かして国民に選択を迫るという形が多い。今日は「こうしたらこうなりますよ」という(前向きな)提案が多かった。内向きにならずに、こういった明るさを取り入れていきたい。


飯尾教授:
 どうして今の政治でそれが出来ないのかということを質問しようかと思っていましたが、松本議員から「明るく(やっていきたい)」という話が出たので後回しにします(会場笑)。

増田知事:
 なぜ仕事をするための税源が欲しいのかについて、市民に具体例で示せるような税源の移譲がなかった。市民に行政サービスを届けるという意味では一番重要な、市町村に対しての税源移譲ではなく、(今は)県レベルへの移譲に留まっている。だから市民に実感がなく、市民に対して(その必要性が)届いていない。(→よって国民の声の後押しがないという話に通じるのだと思います)。
 市民のコミュニティがコミュニティの責任において(自己統治を)行う、次の段階では市町村が(同じように自己統治を)行う、その上に県レベルのでの・・・という段階があるのだが、一番最初の市民のコミュニティという部分に対して具体例や税源が届いていない。
 今まではお金を取ってくるために、国に対して説明し、国に向いて(成果の)話をしていた。まともに住民と差し向かいで話をしていなかったという反省がある。


飯尾教授:
 第2セッションが一番盛り上がったと思うのですが、それは話が具体的だったので、そこに魅力があったのだと思う。地方でないと(住民への)現物給付が出来ない理由のヒントもあったように感じられます。

神野教授:
 サービス給付(or現物給付)を有効に行うためには出先機関に(権限を)与えないといけない。近代は現金のばらまき(現金給付)でずっとやってきた。
 解体するだけではなく、次の段階の設計図を描かないといけない。社会の全体像の中で分権を位置づけなくてはならない。そのためにも全体のビジョンを描くということが必要である。

飯尾教授:
 その話を受けて、どういう設計図を描かれますか?(民主党議員さんに)

仙谷議員:
 医療サービスの話があって、ある規模の中での協調性という話があった。(第2セッションの金子教授の話でしょう)。議員というのは永田町の外の社会がない。ルール(規則)、ロール(役割)、ツール(手段)、という話もあった。(このあたりは個人的に印象に残られた話を列挙している感じ)。
 このシンポジウムでは補助金(現金給付)ではなくサービスの給付をという話だが、現実には補助金が欲しい人々もいて、自分たちのところにもしょっちゅう陳情に訪れている。壊した後のビジョンというのは確かに必要だろう。
 エトス、パトス、ロゴス、という話を個人的には考えていた。(検索してもらうと分かりますが、説得の三段階のこと。ロゴス(論理)・パトス(情熱・感情移入)・エトス(信頼感)。仙谷議員は自民党の武部幹事長にも似て、結構独自の世界観でお話される方という印象です)。


飯尾教授:
 会場からの質問ですが、コミュニティというけれども、それは結局自己責任という話に結びついていくのではないか。

金子教授:
 自分はアメリカに住んでいてそちらで税金を払っていたこともあるが、確かにアメリカでも税の取れない地域(南部に多い)の学校は貧しいという現実はある。一方で連邦の予算として2兆円以上の交付も行われている。だから足りない部分は広域で補助していくという手段はあるだろう。
 今は各県の教育委員会が一括して学校人事をすることになっている。例えば長野県では4千人の教員がそれで一斉に動く。でも出来るならば学校ごとにどのような先生が欲しいかという希望を出せる方がいい。(そして実際に具体的な希望は出そうと思えば出せるという話が第2セッションでありました)。
 ゼロサム(損失と利得の総和がゼロになること、転じて誰かが勝ち組になれば誰かが負け組になること)ではない。後発の人はよいところを真似していけばいい。全体の配慮+それぞれの切磋琢磨は両立する。


飯尾教授:
 今日は立派な事例がたくさん紹介されていますが、悪いところももちろんたくさんあるわけで、その悪くなるところをなんとかするのが政治の役割という面もあると思うのですが。

神野教授:
 一般財源と自主財源というものがあり、自主財源を一般財源で補完する形が望ましい。
 地域社会で必要な対人サービスというものは、その地域内でまかないうる。
 教育は次の世代の育成であり、総合的に考えないといけない。義務教育というのは、いろいろ誤解が多いようだが親の義務とかではなく、社会の義務である。

飯尾教授:
 (増田知事にも話を振る)

増田知事:
 自主財源を3割にするなど、今ある制度からの変化は確かに始まっている。一方で、地方に委せるのは不安だ、地方のほうがいい加減にやっているんじゃないかと、住民自身が言い過ぎている部分もあると思う。
 今までの行政はモノを作りすぎ、金をかけすぎだった。(それが票になるから)。

 例えば岩手ではどぶろく特区というものを始めて、愛知万博でどこの観光地も収入が減る中で観光客を集めた。どぶろくなんて岩手ではどこでも作っていて珍しくもなんともないんだけれども(それは違法ですということで場内笑)、マスコミが(どぶろく特区を)取り上げることでニュースバリューが生まれ人が集まった。都会にとっては非日常だったのだろう。
 このようにお金をかけなくてもアイデアで勝負する方法もある。
 ちょっと前に(滋賀県の歴史ある建物である)豊里小学校を建て替えるかどうかで社会問題になったが、建て替えをすると国から金がくる、だから行政は建て替えたがるという現実がある。
 地方コミュニティが知恵を出すということが必要なのだと思う。

飯尾教授:
 どうしたらそうなるでしょうか? どこでもそう上手くいくでしょうか?

金子教授:
 地方は今、人もいなくなる財政的にも苦しくなるという状況下にある。そこでどのくらい(地方の力を)信じるかという問題が出てくる。
 例えば長野県で30人学級を達成しようと知事がぶち挙げて、加配(国からの予算で足りない分は県が出す)で達成した。自治体からもお金を集めた。一方で、お金を出すにしても一律30人と決めつけず、学校ごとに使いたいように使うという手もあるのではないか。そして実際にアイデアを聞いてみると、驚くくらいどっと出てきた。
 「地域をどのくらい信じるか」というのは大切な問題だと思う。


飯尾教授:
 会場の人も一番聞きたいことだと思うのですが、自民党とどう違うのかということ。例えば今出てきたようなことを小泉首相が聞いていて、やりましょうと言いだしたらどうなるのか。
 どうして今の政権では無理なのかということを伺いたい。

松本議員:
 我々は政権交代をしたい。変えられるところから変えていくつもりである。まずゴールを設定して、ゴールから話を伝えていきたい。
 このような話は基本的なところからひっくり返さないと、骨抜きになってしまう。


飯尾教授:
 全部変えるというということが前提なんですね?(と確認しつつ)
 少し自分としても発言したいのですが、民主党がしなければいけないことの提案として、今日
は2つのポイントがあったと思う。

 1つはコミュニティソリューションで、これは自分が参加しているから満足度が高い。自分が思いついた政策をやってくれるということ。これまで(自民党)は「まかせてください」という態度だった。そしてなんとなく結果が出来るから「安心感を与える」という、そういう政治だった。一方で自分がやった事なのだから責任を取る、という政治との関わり方もあると思う。
 2つ目は、見取り図がないと分かりにくい。(民主党には)ちゃんと理屈で説明して欲しい。それが信頼を生む。自民党の「安心の政治」に対比して、「信頼の政治」という案を出したい。理屈付け、ルールを作っていく。その過程を互いに競争していくことが必要。
 この2つは統一して考える事が必要で、つまり「参加」と「理屈」の両方が必要。

金子教授:
 逆に飯尾教授に質問したいのですが、自民党は「参加」は言えるでしょうか?

飯尾教授:
 ある程度、自民党も「参加」は言える。安心の政治というのは世間が分かれていることが前提だった。(このあたりは新しいネットワーク型社会を示唆しているのかなーと)。
 自民党には「長年やっているんだから分かるんだ」という態度があって、それがある点では安心につながっている。民主党はその壁を乗り越えなくてはならない。

金子教授:
 低コスト高満足を実現するためには新しい力が必要。今まで役に立たないと思っていたものの再発見が重要になってくる。

 例えばネット上では禁煙マラソンというものが行われている。これは禁煙に成功した先駆者が新しく禁煙に挑戦している人にアドバイスするという形だけれども、失敗した人がいるからこそ意見やアドバイスが出てくるという面がある。結果、2-3年の禁煙継続率は60%という高い数字を誇っている。
 「問題がある人がいるからこそ成り立っている」ということの再発見。社会的なつながりを作り出すための大きな鍵として「参加」というキーワードがある。今まで「参加」できなかった人の掘り出しは、自民党にできるだろうか、できないだろうか。

(内政はハト派といわれる前原代表も興味を持ちそうな考えだと思いました。今まで負け組、弱者とされてきた人達の再発見、再発掘ということだと思います)


飯尾教授:
 民主党もそれができるかどうかは大切なポイントだと思う。今まではなかなか出来なかった事。
 ここで「民主党に期待する事」を伺ってみたい。

神野教授:
 効率一辺倒の社会への批判。効率と公平を融合させる。また競争と共立を両立させる。
 みんなが飢えない食べられる社会になったけれども、新しい貧困の形が生まれていて、平等ということに対しても不充分論と行きすぎ論がある。
 新しい下層階級の出現もある。その中で新しい国民統合の形が望まれている。
 「予言の自己成就」という言葉があるが、「そうなるだろう」と積極的な変化への意識が強いほど、それが実際に成就する。

飯尾教授:
 同じく民主党に期待する事を、増田知事にも。

増田知事:
 コミュニティの底力というものが求められているが、その火付け役、発火点となるのはどこなのか。自分は県の職員に対しても、国に行って金を取ってくるのではなく、地域に行ってコミュニケーションを取ってくる職員を求めている。
 発火点として、地方の議員も地域に入っていって火を付けるということが必要だと思う。

 一方で国の役割がますます重要な問題もある。例えばBSEや鳥インフルエンザに代表されるような食の安全の問題。これは1自治体の範疇を越えている。
 国家としてやらなければならないことに対し、それを判断できる材料や基準を出していくこと。メリハリを出していくことを(民主党に期待しているということかと)。


飯尾教授:
 会場からの質問もほとんどが(シンクタンクではなく)民主党への質問だった。
 本当に言われていたようなことができるのか? シンクタンクの危うさも言っておきたいが、こうして色々意見が出るけれども政治家も賢くならなければいけない。
 どのようにこの話を広げていくのか、民主党議員さんに伺いたい。

仙谷議員:
 今度の選挙に敗北して、いろいろと考えた。民主党にはいわるゆ「いい人」が多かったのだと思う。そこでマキャベリの著書を再読した。そこには「誠実である必要はないが、誠実であるようには見せなくてはならない」ということが書いてあった。
 今回の議論で「信頼」「共感」「協力」「自治」「コミュニティ」などの言葉が出た。霞ヶ関の政治は相互不信の上に成り立っているのではないか。この構造(「おまかせします」)で今、動いているのではないか。民主党はそれを「信頼の体系」に変えていきたい。ささくれだったフラストレーションの中に入ってはいけないと思っている。
 今、生涯学習や能力開発ということが言われているが、地域とかけ離れているのは問題だと思う。

(相変わらず独自のお言葉遣いながらも、「信頼の体系に変えていきたい」という言葉は飯尾教授の提案を受けてのものであるなら、自民党との違いを打ち出すきっかけになるかなーと思いました)。

松本議員:
 (神野教授の)「予言の自己成就」という言葉が心に残った。そこに我々の使命があるはずだと思う。長い間やってきて染み込んだ体質、国と地方のあり方、国と国民のあり方、それを変えていきたい。
 例えば議員をやっていると色んな陳情があるけれども、元日の新幹線の切符を取ってくれだとか、すごいのだと付き合っている人に振られたからどうにかしてくれというものもあったりする(会場驚き笑)。よく聞いてみれば、その相手が国家公務員だったからだそうだが、そんなこと言われても・・・。
 (このように国民の側にも問題はあるのだということだと思いますが)、我々が変わったら国民の側も変わるんだと思ってやっていきたい。今のこのような状況の原因として、自民党の体質が関わっているのなら、民主党がつけいる隙がある。
 実際、民主党が言いだして実現した政策もたくさんある。国がすることと民がすることの仕分けは重要だと思う。

(私はこの「民主党が言いだして実現した政策」はもっとアピールすべきだと思いました。実際、全然国民には伝わっていないですから。そのための「広報をもっと考えるべき」提案であり、第1セッションで地方自治体の首長さんが言われていたように、情報公開や説明を積極的に進めていくという姿勢が必要ではないかなーと)


 最後に進行役の松井孝治議員さんが、補足という形でシンクタンクの事務所を虎ノ門に開いたこと(どうしてそんな場所なのか、ちょっと心苦しそうでした←真面目だ)。プラトンにも民主党側から政策責任者が入っていくこと。今まで政策の判断はしてきたが、仕込みの段階から練り上げるということをしてこなかった。幅広く提案をもらえればありがたい、ということが説明されました。

 エライ人の言葉に対し補足をする中堅若手議員という構図は、ちょっと自民党の世耕議員さんを思い出しました。


 ともあれこれでクロージングセッションは終了。「プラトン」設立記念シンポジウムも終了して、あとは2つ上の階で簡単な懇談会という形式になりました。そのあたりのことはまた別に記事をあらためて、私なりのこのシンポジウムのまとめや意見も合わせて書きたいと思います。

 ここまで読むのにお付き合いいただいた方、どうもありがとうございました。後日ブロガー枠の人は民主党から意見を聞く場が与えられるとのことですので、読んで何かご意見などありましたらコメント欄にでも書いてもらえれば参考にさせていただきます。

 以上、文責はすべて私にあります。念のため、他の方のレポートや意見も参考にしてください。

参照リンク:
Big Bang:民主党シンクタンク「プラトン」設立記念シンポジウム---(4)クロージングセッション
実況ブログ:クロージングセッション
トラックバックセンター:民主党シンクタンク「プラトン」設立記念シンポジウム


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 中間セッション-民間(地方)から中央へ:民主党「プラトン」記
 第2セッション-コミュニティソリューション:民主党「プラトン」記
 最終セッション-民主党の模索は続く:民主党「プラトン」記
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 まとめ-共感による協力、広報の必要性:民主党「プラトン」記


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