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「全国アホ・バカ分布考」:私はアホです [小説]

 これは探偵ナイトスクープという番組のプロデューサーでありディレクターさん(当時)が書いた本です。
 この番組は視聴者から寄せられた素朴な疑問を元に、タレント探偵のみなさんが実地でそれを検証、調査するというものなのですが、関西発の番組であり全体的に関西的ノリにつらぬかれた、非常に面白くて楽しい番組です。関西では常に高視聴率を誇っております。

 そしてこの本の元となったネタは、「人をののしるとき、関西ではアホ、関東ではバカという。私たち夫婦は関西と関東出身者で結婚したのだが、喧嘩の時は常に耳慣れない言葉で罵倒されてお互い大変に傷つく。ところでアホとバカの境界線はどこにあるのか、気になったので調べてもらえませんか?」というものでした。その疑問がすでにいい意味でアホだと思いますが、この何気ない疑問から学問的にもとんでもない事実が明らかになっていった・・・というのが、この本の粗筋です。

 番組についての詳しい紹介や依頼の内容、調査の経緯なども本には詳細に書かれています。前半はほぼ、探偵ナイトスクープという番組の結果的には数々の賞を受賞したこの特集に関するドキュメンタリーと言っていいと思います。


 さて、調査は開始されました。で、まず東京と大阪でネタを振ってそれぞれ「バカ」「アホ」と罵倒された後、探偵は名古屋に行きます。そこで中日ファンのタクシーの運転手さんにジャイアンツの話題を振ったところ、出てきた言葉は「タワケなジャイアンツ」という言葉。なんと、「アホ」と「バカ」の間には「タワケ」文化圏が存在したのですッ。
 いやー、実はこの番組リアルタイムで見ていたんですけど、驚きましたね。同時に自分の視野の狭さを恥じました。世の中にはアホとバカしかないと思っていた私は、なんてアホだったんでしょうか。

 それで調査は「アホ」と「タワケ」の境界線を探ることに変更されるのですが、結果から先に書くとそれはどうやら関ヶ原あたりにあるらしいという結論が出ました。関ヶ原にある一軒のお宅で「アホ」と言われ、ついで別のお宅で「タワケ」と言われて、その真ん中に嬉々として境界線を示すプラカードを立てる北野誠探偵。・・・アホです(褒め言葉)。
 そして画面はスタジオに戻り、調査結果に胸を張る探偵に対して上岡局長(当時)から入ったツッコミ。「で、『バカ』と『タワケ』の境界は?」。・・・さすが局長、上岡さん。余談ですが私は上岡龍太郎さんというタレントさんを、本当の意味での賢人として大変尊敬しておりました。ある時あっさり引退宣言されて引っ込んでしまわれて、とても寂しかったです。
 ともあれ、ここから実に壮大な調査が始まるのです。

 放送後番組に続々と寄せられる視聴者の反響。全国には「アホ」「バカ」以外に実に多彩な罵倒語があるということが明らかになっていきます。そしてこれは番組内でも秘書の岡部まりさんが何気なく語ったことですが、関西のさらに西に「バカ」圏がもう一つ存在するということも確認されます。つまり「アホ」は「バカ」にサンドイッチされているのです。何故?
 調査を継続すべきかディレクターたちの間で議論があった後、番組を使ってさらなる情報提供がよびかけられます。そしてまたさらに多くの罵倒語に、スタッフは埋もれることになります。・・・いや、「なにバカなことやってるんだ」って罵倒されたわけじゃないですよ。当たり前ですが。
 そうして話はどんどん大きくなっていき、最終的には全国の教育委員会に手紙を出して、大々的なアンケート調査を実施することになりました。


 結果を言うと、全国には実に多くの罵倒語があり、しかもそれは関西を中心として同心円上に広がっていることが明らかになります。つまり「アホ」は「バカ」にのみサンドイッチにされていたわけではないのです。他にも「タワケ」圏は西にも存在しましたし、「ホンジナシ」というかなり全国区ではマイナーだと思われる言葉も、東北北部と九州南部というそれぞれ最果ての両極に存在することがあきらかになりました。
 ここで柳田國男先生の蝸牛考が出てきます。この学説へ検証性の指摘は比較的早いうちからされていたのですが、調査をするに従ってどんどん確かなものになっていくのです。

 蝸牛考というのは、方言周圏論といった方がわかりやすいかと思いますが、ようするに言葉(方言)というものは昔文化の中心都市であった京都を真ん中に、渦を描くように広がっていっているのではないかという説です。どうして蝸牛(カタツムリ)なのかというと、柳田先生はこれを「カタツムリ」のそれぞれの地方での呼び方(デデムシ、マイマイ、カタツムリ、ツブリ、ナメクジ)で調べようとしたからなのですが、結局得られたサンプルがあまりに少なくて検証は断念されました。
 ところが、「アホ」「バカ」などの罵倒語の場合は、サンプルが少ないどころか実に大量かつ多様な言葉の反応が返ってきたわけです。

 そうして番組は蝸牛考の正しさを証明するに至ります。方言は京都を中心として、日本全国に波及していった。つまり京都から遠い地域ほど昔の言葉が残っており、京都に近づくにつれてどんどん新しい言葉におきかわっていく。それは多重の円として日本列島を覆っている、ということです。だから関西をはさんで同じ言葉が西と東に存在するということも、当然の帰結なのです。

 番組はこの結果を、いかにもこの番組らしく演出して特別番組を放映しました。それも私はリアルタイムで見ておりましたが、全国の罵倒語を追っていくのに手っ取り早く空から地面に人文字で「バカ」とか「タワケ」とか「トロイ」と書いてもらったのを映していくとか、日本列島の四隅でそれぞれ海に向かって「バカヤロー」に相当する言葉を叫んでもらうとか、西と東で遠く離れた同じ罵倒語を使う人々に数百年ぶりの感動の対面を果たしてもらうとか、実にアホ炸裂な品物に仕上がっておりました。・・・もちろん大変にほめております。
 冒頭にも書いたようにこの特番は放送賞を獲得し、ビデオ化もされたので、今でもTSUTAYAの片隅などを探せばあるかもしれません。・・・もうないかな。でも出来れば一見の価値はあるビデオです。


 さらに本は続きます。著者である松本修さんはこの結果を学会で発表することになるのです。そうして彼は本気でそれぞれの言葉の成立起源、どのような理由でその言葉が成立したかに取り組みます。本の後半は、延々とその検証がつづられています。
 素晴らしい熱意だと思いますが、前半のダイナミックさに比べると、専門的で学問的かつ検証だけが延々と続く分、多少退屈かもしれません。しかし私は普段「いかにアホな番組を作るか」に命を賭けている方が、本気になるとこんなにもすごい執念と熱意で文献を調べるのだという、そのことに感動しました。やっぱりアホはただのアホではないのです。本物のアホはすごいのです。天才とナントカは紙一重という言葉は、この点でも真実を突いています。・・・まあ、元々の意味からはちょっと逸脱しておりますが。

 ともあれ、この「日本全国アホ・バカ分布考」は大変に面白く、また意義深い本です。文庫本としては多少分厚いですが、前半は完全に探偵ナイトスクープという番組のドキュメンタリー、「アホ・バカ分布」の調査が放送賞を獲得するに至るまでのサクセスストーリーとして読めますし、そこだけでも充分に楽しめます。

 さて、そんなわけで私はこの文中で散々「アホ」という言葉を使ってきましたが、そういうわけで私はアホ文化圏の人間なわけです。しかも文化の中心地京都出身! ふふ、私のアホはまさに流行の最先端を行く「アホ」なんですよ。はっはっはー。
 ・・・こういうのを、アホ炸裂の人間と言います。もちろん褒め言葉ではありません。

探偵ナイトスクープ公式サイト

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路

  • 作者: 松本 修
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: 文庫

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