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「バットマン ビギンズ」:誠実であることの難しさ [映画]

 丁寧に物語を語っているな、というのが第一印象でした。

 バットマンという怪人が誕生するまで、彼の生い立ちから強さを願った理由、それを手に入れた経緯、そのために克服しなければならなかったこと、バットマンとなったわけ、そしてさらに彼がバットマンとして何をしたか、どのように誰と戦っていったかまでを映画は丁寧に語っていきます。何一つ飛ばすことなく、誠実かつ堅実に、何度も同じところをなぞりながら、しっかりじっくりと語っていきます。
 これだけでもいかに内容が濃密かが分かるかと思います。どちらかといえば、むしろ小説として書くほうが向いているのではないかという充実ぶりでした。

 俳優陣も、やはり綿密にキャスティングされています。バットマンを演じたクリスチャン・ベール。あまり派手な俳優さんではありませんが、それゆえに等身大でありながら、きちんと鍛錬された肉体を持つ生身の男として、トラウマを抱え、一本道ではない紆余曲折の人生を歩んでも、それでも誠実であろうとする一人の人間を好演していました。彼の持つ地味さ、それがもたらす堅実さはこの作品のバットマンには欠かすことの出来ない要素であったと思います。さらに根本的に気品ある顔立ちであることも、同じく。

 そして脇を固める、同じく手堅い名優たち。私はDr.クレイン(精神科医)を演じたキリアン・マーフィーが印象に残りました。不気味さを匂わせながら、端正な顔と知性を感じさせるたたずまいは、非常に好みでございました。彼の役も結構重要な役どころなのですが、慎重にキャスティングしている、また役者自身も丁寧に役を作り込んでいるなと思いましたね(監督の力かもしれませんが)。
 個性的な役(キャラ)ですが、自分一人の演技に走っているわけではないのです。あくまで作品の一要素として存在しながら自分に与えられた役割をきっちりこなす、その上に個性を乗せている。そういった立ち方なのです。
 これは渡辺謙さんにも言えたことだと思います。チョイ役なんですが、彼は彼できちんと与えられた役割があり、そしてそれを自分が持つ特性(存在感)によって、しっかりと果たしていたと思います。

 しかし全体として地味な映画です。バットマンと聞いてぱっと期待するような爽快感には欠けたところがあります。それは戦闘シーン、アクションシーン、カーチェイスシーンですらそうなのです。ある意味非常にリアリティはあって、現実はまあこんなものなんだろうなって思うんですが、映画としては地味。正直に言ってしまえば、物足りなさもある。・・・しかしまた、この映画全体としてみれば、これこそが必要なピース(欠片)、要素だったのでしょう。

 この作品ではなんども「正義とは何か」という問いかけがなされます。復讐は正義なのか、悪人に裁きを下すことは正義なのか、行いが正しいとしても動機が個人の感情であればそれは正義か。アメリカですから「正義(justice)」という言葉を多用していましたが、私はこれはどちらかというと「誠実」と言った方がいいような気がしました。誠実に生きるとはどういうことなのか。
 そしてこの映画では結局、バットマンは自らの正義を掴まないのです。何度も何度も執拗に問い、追いかけ、求めながら、それでも得た答えは「闇の中」。このあたりも、この映画が今ひとつカタルシスに欠ける理由です。
 しかし、誠実ではあります。


 堅実かつ誠実に作られた、その分爽快感には欠けたところのある、内容の濃い良作。ちょっと「キングダム・オブ・ヘブン」を思い出しました(関連記事)。アメリカには最近、こういう流れ(ブームというか)でもあるんでしょうか。私はあまりエンタテイメントと現実をリンクさせることは好きではありませんが、大国アメリカの悩みはこのような形ででも表れているのかなあと少し考えました。しかしそれも悪くないな、とも。
 悩んでもですね、きちんとエンタテイメントしているのですよ。決して悩むだけの、同じところをぐるぐる回るだけの自慰的作品ではない。映画としてやるべきことはやっているし、むしろ注ぎ込まれている力は大きい。私はここに過渡期の可能性を感じます。新しい何かが生まれるような、そんな予感を得ました。楽しみです。

 なお、これは余談ですが、悩んでもエンタテイメントしているといえば、地味ーに悩み続けている作品のくせに、所々では執事さんや刑事さんにウィットに富んだ(と彼らは思っている)台詞を言わさずにはいられない。そんなところにもアメリカ人のしぶとさを感じましたですよ。なんかいきなりぱっと入るから、「あ、今の笑うところ? ウケるべきところ?」ってつい戸惑ってしまうんですけど・・・。これから観る方には「ちゃんとウケてあげてください」と心の準備をお願いしたいです(余計なお世話)。
 なにかそういう、放っておけないところのある作品なんですよね。

公式サイト:http://www.jp.warnerbros.com/batmanbegins/
CineSmart - バットマンビギンズ:http://www.so-net.ne.jp/movie/batmanbegins/


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