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「ヨルムンガンド」:善でもなく、悪でもなく [漫画]

 まったく、久々に大当たりを引きました。これだからリアル本屋通いはやめられません。いえ別にリアルの本屋さんでなくてもいいのですが、数多く情報を仕入れ多角的に検討し検索をかけて結果出会うネットの出会いでも、最後にクリックするかどうかを決めるのは自分の勘。そこには数多くの外れクジがあるのですが、なぜ失敗したのかすら分析できないようでは、自分の嗅覚を磨くことはできません。

 そのような能書きはさておき。「ヨルムンガンド」は武器商人を主題にした漫画です。両親を最新兵器によって失い、武器を憎むようになった少年兵ヨナ。感情を殺した彼が出会ったのは、若い武器商人ココ・ヘクマティアルという女性。自らの私設部隊を率いて現場(つまり各地の紛争地帯)を駆け抜ける彼女は、彼に、「武器との付き合い方を教えてやる」と言った――。というのが、ストーリーの導入です。
 最近の漫画は第1巻からその真価が分かることは少なく、なんとなく将来性に期待して買い続けるかどうかを決めるのが一般的ですが、この漫画はそうではありません。一話だけでも、一巻だけでも、当たりか外れかを決められるポテンシャルを持っています。
 画力は高いです。「デス・ノート」のような分かりやすい画力、つまり写実性だとかそういったものではありませんが、崩した線の中からにじみ出る個性、適度なデフォルメと適度な情報密度、画面に溜めを作れるコマ割り、旧来の文法を充分に踏まえてなおかつ新しいエッセンスを入れる、自分にしかないものを掴んでいる感覚は存分にします。日常の小物や武器、車などのデッサンの確かさにも、それは見て取れます。また一方で、キャラクターたちの個性、言葉や行動ではなく外見だけで判断できる個性の豊かさにも。

 ところで肝心なのはストーリーです。
 ・・・私たちの世代は相対化の世代といえるかもしれません。この世に絶対に正しいものはなく、同様に絶対の悪もない。そしてそれを判断する自分すら、常に「それでいいのか?」という相対評価の波にさらされる。はっきり言って非常に苦しいのですが、小中高とそのような教育を受けて育ってしまえば、もはやそれは血肉です。あとはそこからどう生きるか、どういったものを生み出していくかです。
 武器商人というのは、面白い題材です。誰しもが思わず眉をひそめる仕事であり、誇らしいとはとても言えない。けれどもこの世に武器があり、武器を求める人々がいるからには、誰かがそこにコミットメント(参加)しなくてはなりません。武器を使うのは愚かしいからといって、目を背け切り捨て、あるいは大雑把な仕事をしてとにかく武器をばらまけばいいのだとやってしまえば、そのしっぺ返しは確実にやってきます。
 別にココ・ヘクマティアルは、高邁な理想を持って武器商人をしているわけではありません。しかし彼女はヨナに「どうして武器を売る?」と尋ねられて、微笑みながら「世界平和のため」と答えます。その微笑をどういった意味に受け取るか、です。
 それがマクロな話。そしてミクロな現場の場面では、彼女は非常に優秀な指揮官であり、交渉人です。そのくせとても人間らしく、感情豊かです。彼女が雇っている私設部隊の兵士たちも、みな一癖もふた癖もありそうな、バックグラウンドを抱えた人間たちです。まだ1巻の段階では、その半分くらいしか個性が出てきていませんが、彼らがこれからどのような物語を展開していくのか、楽しみでなりません。

 この作品は「ピカレスク・エンタテイメント」と銘打たれていますが、単純にピカレスク(悪)と言っていいのか私は疑問です。だからといって善ではもちろんありません。善と悪の狭間で、とかいう話でもありません。善も悪もないグレーゾーンの中で人間はどのように生きていくのか。そこに誇りや人間性は存在しないのか。日々を生きていくことと、未来を見据えることは両立しないのか。そのようなことを知りたい気持ちにさせてくれる作品なのです。
 相対的に存在する、数多くの情報・状況の中から、真に自分が欲しいものを見つけ出すとはどういうことか。・・・卑近な例で言えば、つまりはこの本を手に取ったように。
 久々に面白い作品に出会いました。ココとヨナの出会いは、彼に何をもたらすのか。その旅はどこに続いていくのか。見届けるのが、楽しみです。

ヨルムンガンド 1 (1)

ヨルムンガンド 1 (1)

  • 作者: 高橋 慶太郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2006/11/17
  • メディア: コミック

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