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「THE 有頂天ホテル」:マイナーなメジャー [映画]

 三谷幸喜という人の、喜劇人としての到達点を見た感じです。
 しかし映画としてはかなり異色な作品であるようにも思えました。まずカメラ割り。三谷監督作品の特徴である長回しを多用しているのですが、主要な登場人物が画面の端に線のように映り込んだり、下の方に頭のてっぺんだけ映っていたり。画面の端で演技をしているというレベルではなく、多分演技はしているはずなんですがそれが判別できないほどの薄さで映り込んでいるのです。
 他の映画でもドキュメンタリー風にしてわざと手ブレさせたり画面が傾いていたりすることはありますが、この作品に比べればはるかに画として完成度は高いよなと思いました。そもそも映画に限らずドキュメンタリーでも報道でもなんでも、プロのカメラマンとしては上記のような人物の映り込みは本能的に拒否するような気がしてなりません。そこは三谷監督が撮影監督をどのように説得したのか是非聞いてみたいと思いましたが、やっぱり一流のプロの人、案外面白がってやったのかもなという気もします。

 全体としてそんな感じが漂っています。
 俳優さんの演技も冷静に考えると破綻寸前の綱渡りです。登場人物が多すぎるし(2時間16分で主要キャスト23人)、彼らがまた一筋縄ではいかないというかキャラクターとしてかなり壊れた性格付けをされている。でもそこは一流俳優たちが楽しんで演じる事で、力技でキャラクターとして成立させているのみならず、なんとも切羽詰まったおかしみというか魅力が溢れているように感じられました。
 話の展開にしても全てのストーリーが密接に絡み合ってはいるのですが、深刻な場面であったりあるいは盛り上がる場面であっても、恐ろしいほどにスパッと切って次の全然別のシーンに繋げていくのです。普通は「どうなるんだ、どうなるんだー」で画面を切り替えるところを、「どうなる、ん・・・あれ?」くらいのスピードで。私はそもそも日本映画は一般的にタメを作りすぎで、ハリウッドの方がドライに切り替えてくれて心地いいと思っている人間なのですが、それにしてもぶった切り過ぎではないかと思ったくらいです。しかも深刻シーンから悲しすぎるくらい軽い日常シーンへとだったり。メジャー(長調)とマイナー(短調)を言ったり来たりするような、揺さぶられ感が何度もつきまといます。
 舞台「オケピ!」はミュージカルで、ミュージカルでは一曲歌い終わるごとに客席から拍手が湧くものなのですが、三谷さんの意向でそこは芝居を待つことをせずにさっさと次のエピソードへと進んでいった、そんな話を思い出したりもしました。

 三谷作品の根幹である笑いにしてもそうなのです。私の個人的印象と場内の雰囲気で感じたところでは、一斉に吹き出すタイプの笑いではなくて、あちこちで堪えきれずクスクス笑いが起こるような、そんな笑いでした。「ぶははははー」じゃなくて「んくくくく・・・(お腹痛い)」系というか。
 基本的にB級の笑いであるように思えます。私の中では「TAXi」や「カンフーハッスル」に近いです。「これを面白がるのは私くらいだろー」と思いながら笑ってしまう系の笑い。もちろん実際は多くの人が笑っているメジャーな笑いなのですが、どうにもマイナー感がつきまとう、そんな内側の笑いでした。


 ちなみにこれらの評は一見けなしているようですが、もちろんそんな意図は全然ありません。今の日本で、いや日本に限らずこのような映画を撮れるのは三谷監督だけだろうと思いますし、そのオリジナリティは大いに敬意を表されるべきことだと思います。
 本当に映画的に美しい画を撮れる監督さんは他にもいるし、話をそつなくまとめたり、分かりやすいコメディが撮れる監督もいる。けれどもこれだけの毒を内に秘めながらも、観客を揺さぶりまくり、また笑わせ、最後には(監督に振り回されまくった挙げ句)すべてに脱力した感じでなんだか頭の中がふわふわしながら、妙に浮かれた有頂天な気分になっている。この不思議さはやっぱりオリジナリティという単語で表すのに相応しいように思えます。

 そう、この映画は三谷監督の毒ある部分が大いに出たお話でもあるように感じられました。
 登場人物たちにしてもそうですし、映画全体としてみても、もっとカタルシスあるクライマックスに突入していくことはいくらでも出来たと思うのです。例えば悪徳汚職国会議員、武藤田さん(むっちゃん)の結末にしても、記者会見場に至るまで少なくとも2ルートの映画的カタルシスを得るための道は用意されていた。ところが三谷監督はその道(可能性)は見せつけておきながらも、非情なまでの毒でみすみすその道を自ら潰してみせます。誰にとって毒かというと、キャラクター(武藤田さん)ではなく、まず観客に対して、また何より監督自身にとっても毒であろうという手厳しさなのです。

 つくづく不思議な映画、そして不思議な人(監督)だなあと思いながら見ていました。
 けれども、それでもこの映画は幸せな結末の映画であり、登場人物みんなは人生一変するような成長あるいは幸福を見つけたわけでもないのに、何故かちょっとだけ幸せになっている、そんな映画なのです。
 そしてそれは観客にとってもきっとそうで、この映画を観て人生変わるとかやる気が出るとかそういうものじゃないんだけど、何故か「また観たい」と思って、そしてお祭りが終わった後のような寂しさも感じてしまう映画でした。ちょうど、新年を迎えた後の寂しさのように。

 世の中にはたまに、どう考えてもマイナーなはずなのに、何故かメジャーへの階段を駆け上がってしまう人が居ます。
 で、どうしてそれが可能なんだろうと考えると、やはり彼は天才で、垣根を取り払えるというか、ある種世界を根幹的に変えてしまえるような巨大な力をもった人間であるからだと思うのです。
 私にとって三谷監督とはそういう人です。

公式サイト:http://www.uchoten.com/


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