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「のだめカンタービレ」:ストイックな両想い(変態vsオレ様) [漫画]

 最近どこの本屋に行っても全巻平積みしてあるこの漫画。そこまでされるからにはさぞかし面白いのだろうと気になっていましたが、某受験が終わった後に「ご褒美よこせ」攻撃を家人にかけたところ、全巻大人買いしてくれました。やったー。まあ正確には買ってくれるとなった時点ですでに4巻までは自分で買っていたのですが。ああ、後半日待っておれば・・・ッ。それはいいんですけど。

 それで、面白かったのです。1巻から、というよりも1話から早くも引き込まれてしまいました。何がどうすごかったのかというのは、うまく言葉に出来ないのですが、名作の予感がひしひしとしていました。
 まずキャラ立てが絶妙でした。個性派ピアニストでなまけもの(生活においてもピアノにおいても)、ただし底知れない才能のある「のだめ」こと野田恵と、幼い頃から音楽に親しみ凄い才能を持ち、世界にはばたく指揮者志望でありながらよんどころない事情により海外に行けない体になっている千秋真一、この二人が主人公です。
 どちらも音楽に対して素晴らしい才能を持っているという点、でもそれがきちんと生かされていないそれぞれの事情、そんな物語作りとしての基本を押さえつつ、似ていないようであり似ているようでもあるこの二者を初回にいきなり配置したことで、この漫画の勝利は決まったなと思いました。

 のだめの才能は型破りな点にあります。彼女はピアニストなんですが、感性だけでピアノを弾いています。ですから譜面には全然正確ではないのですが、自分が弾きたいメロディのためには大きな手(ピアニストには大きな武器)を自在に操って複雑技巧をこなすことも苦にせず、しかし本人には全然自覚がないのです。
 一方千秋の才能はのだめとは正反対に、完璧主義者なまでの正確さにあります。元々指揮者志望ですから、譜面のすみずみまで理解し、自分のしたい演奏に向けて完全無欠にオーケストラを統率する。それが彼の求める音楽の姿です。そのためにはヴァイオリンもピアノも本職顔負けに弾きこなしますし、傲慢な態度の裏で日々の努力は決して欠かしません。
 こうして並べてみると全然似ていないように見えます。でも、やっぱりどこかこの二人は似ているのです。音楽が最優先であるところ。上手くなるためには手段を選ばないがむしゃらさ。・・・二人とも根本的に純粋なのです。
 そして何よりも彼らは、音楽に対して夢を持っている。上昇志向とはまた別のところで、音を楽しむこと、練習と技巧と曲解釈と楽器と演奏者たち、全てが渾然一体となって現れ出る奇跡の瞬間、それを心の底から求めていて、その存在を感じ取ることができる感性を持っている。・・・1話ではこのことが描かれます。それを読んだ瞬間に、私は「ああ決まったな」と思ったのです。

 いいキャラ立てとはどういうものかを考えた場合、私はそれを「そこに立っているだけで無限の物語を持つキャラクター」と定義します。のだめと千秋はまさしくそれに当てはまります。さらにこの二人はセットになることで、無限に無限を乗じた可能性を持つ、物語の主人公となるのです。私が感じ取った名作の予感とは、つまりそういうことでした。


 この漫画には他にも個性的で魅力的なキャラクターがたくさん登場します。クラシック界の人ってこんなに変な人ばっかりなんですかという、楽しさに満ちあふれています。クラシックもので面白いのは、その人のキャラクター(人間性)と演奏する楽器が切っても切り離せないことですね。茂木大輔さんの名著「オーケストラ楽器別人間学」や三谷幸喜さんの「オケピ!」でも描かれていましたが、フルートといえばお嬢様っぽくて、ティンパニは周囲に溶け込まないという意味での個性派で。
 よくもまあ、こんなに次から次へと変な人が・・・と、クラシック界の変人資源の豊富さには感心せずにはいられません。これに対抗できるのは大学教授連くらいだと思います。大学教授も変な人多いです。それはさておき。

 ただここでも、彼らたち脇の個性が上手く輝いているのは、一つ大きな要素があるからだと思うのです。それはのだめと千秋の恋愛です。
 まあ常識的に言って、少女漫画においてこの主人公二人は恋愛を期待される要素でしょう。実際、のだめは早々に千秋先輩に一目惚れ?し、千秋ものだめのピアノの才能に他とは違う何かを感じます。・・・けれど普通ならここで、当て馬というか三角関係要素というか、とりあえず外部からのお邪魔者が入ってくるのが常道なのですが、なぜかこの漫画はそれに失敗するのです。
 千秋には昔の恋人を、のだめには同じように個性的に楽器を弾く青年を、それぞれ出してみたりもするのですが、彼らは出てきた途端に実にあっさりと身を引きます。別にのだめと千秋はまだ付き合ってもいないのに、です。
 面白いなと思いました。のだめと千秋は最初から実は両想い状態のまま(一方は自分の感情を自覚していないというか、自覚したくないみたいでしたが)、別に大きな喧嘩をするわけでもなく、かわりに友達以上恋人未満な関係から足を踏み出すこともなく、ずうっと話を続けていくのです。そして周囲も何の疑問も持たずにそれが当たり前のこととして受け入れていくのです。

 恋愛に邪魔者やライバルを紛れ込ませるという手法は、恋愛をドラマティックにするという点で有効なのですが、一方で作中の人間関係に波風が大きくなりやすいという欠点があります。周囲のベクトルが主人公カップルに集中してしまって、物語全体で見た場合いびつになるだとか。嫉妬や失恋といったドロドロしたものも生まれやすくなりますし。
 でもこの漫画では、早々に主人公カップルとその周辺を切り離してしまいました。だから脇役たちは主人公たちのことを気にすることもなく、それぞれに自分たちの個性を目一杯輝かせてのびのびと、この漫画の中の世界で生きていくことが出来るのです。これも面白いです。


 最初から両想いで大きな障害もなく、ただしかたつむりのごとき歩みでほのぼのと進む恋。
 「最近そういうのが流行りなのだろうか?」とも一瞬考えましたが、まあ確かにその可能性は捨てきれないとはいえ、こういう関係はなかなか構築できるものではありません。

 恋愛漫画の難しいところは、恋愛が成就してしまうと話も終わってしまうということにあります。恋に落ちてから相手の気持ちを確認していくドキドキなどはドラマにしやすくても、両想いが叶った後というのは作りにくい。のろけ話というのが一般にあまり面白くないように、「もうあとは二人で勝手にやっちゃってください」の世界ですから、物語としては語りにくいのです。逆にここで波乱を起こそうとすると、喧嘩も「もう別れてやる」レベルになったり、お邪魔虫を登場させたらそれはイコール浮気になりかねないわけで、非常に泥沼。ですから、そうそう事件も起こせません。
 だから恋愛ものを描く場合は、作者はいかに恋を成就させないかに気を使います。

 のだめと千秋の恋がなかなか成就しないのは・・・結局のところ、二人の性格による部分が大きいでしょう。
 のだめはストレートに千秋のことが好きだけど、ストレートすぎて信じて貰えない。しかも彼女にとって自分が千秋を好きであることはあまりに自明のことなので、却って自分が忙しい時にはぽいっと彼のことを放り出してしまったりも出来る。天然魔性とはこのことですが、彼女の場合大いに自分自身の墓穴も掘っていますので、許してあげて下さい。
 一方の千秋は、私の見た感じでは最初からのだめを「特別」として認識していたとは思うのですが、それを認めたくない意識が猛烈に働いていたような気がします。一つにはのだめがあまりに変人であることがあり、もう一つはオレ様な性格で自分のペースで生きることを大切にし、色恋よりも音楽を全てに優先させる彼としては、のだめに対して本気で向き合うことに、本能的なヤバさを感じていたとしても不思議はありません。
 片想いの成就も大変ですが、すれ違っている両想いのこんがらがった糸をほどいていくのも、なかなかに大変なことです。特に、彼らにとってそれが生きていく上での本分でない場合には。


 そう、私はこの漫画の恋愛部分を作品を読み解く鍵としてクローズアップしてきましたが、「では「のだめカンタービレ」は恋愛物なのか?」と問われると、「うーん、恋愛も添え物でありますよ、程度かな」と答えます。
 この漫画の主題はあくまでも音楽であり、それぞれに巨大な才能を秘めながら、まったく別の理由によって飛び立てない二人の若者が、運命のいたずらとそれぞれの努力によって世界への階段を一歩一歩登っていく。等身大のサクセスドラマにあります。
 彼らはそれぞれ自分の力でその階段を上ろうとします。彼/彼女に助けてもらおうだとか、そんな甘えは欠片もありません(結果として助けてもらうことはあります)。彼らは音楽に対してストイックです。相手の音楽を聴く場合も、そこに彼/彼女への男女としての特別な感情はほとんど混入しません。一人の音楽家として相手に向き合います。
 だからこそ恋愛も、両想いのくせにストイックに、亀のごとき歩みでだけど着実に、そしてどこか応援したくなるような暖かさに満ちて進んでいくのです。

 非常に素晴らしいテーマと構成を持った、名作漫画だと思います。やっぱり後の巻に行くほど多少恋愛要素は濃くなってきていますが、私はそれはそれで楽しみにしています。変態vsオレ様の恋模様、楽しそうではありませんか。
 そしてもちろん二人が音楽の大海へとどのように身を投じ、どこまで泳ぎ着けるのかもとても楽しみです。その時、ストイックすぎる彼らがたった一人で努力するのではなく、かたわらに方向性は微妙に違うけれども根本的なところで同じように音楽を愛するパートナーがいることは、素敵なことだと思うのです。

 うむ、結局恋愛から離れられていませんが・・・。やっぱり、ストイックなかたわらに恋愛があり、性格も方向性も似ていないようで根本は同じで、両想いだから独立して他に悪影響を及ぼさない、この構造の妙には惹かれずにはいられないのです。
 クラシック音楽のごとく、実に精緻に織り上げられた構成と構造をもった、美しく楽しく歌うような漫画だと思います。

のだめカンタービレ(1)

のだめカンタービレ(1)

  • 作者: 二ノ宮 知子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2002/01
  • メディア: コミック


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