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「オナー・ハリントン」シリーズ:軍事物の背徳的快感 [小説]

 どうもこんにちは。今日も今日とて、「絶版ぎりぎりの本を薦める会」の回し者でございます。いえ私も本当は本の押しつけ押し売りなどという無粋極まりないことはやりたくないんですが、私の好きな本って大抵が絶版ギリギリラインにあるものだから、その本がとても好きなものとしては「ちょっとでも売れてくれー」と願わずにはいられない。そういうジレンマがあるんですよッ。
 という微妙な開き直りもにじませつつ、話を進めます。

 今回取り出しましたのは、SFです。それも軍事SF。日本だと田中芳樹さんの「銀河英雄伝説」が有名だったりしますが、これもあれと似た系統です。主人公が軍人であり、軍の中でいろいろありつつも戦功を上げていって、どんどん出世していくというパターンです。古くは「ホーンブロワー」などの海洋冒険小説の延長にあるものだと思いますが、まあ、銀英伝(銀河英雄伝説)の類似ですといったほうが日本においては話が早いですね。・・・なんか口調がバナナの叩き売りみたいになってきてますね。
 戻そう。

 このシリーズの主人公は、オナー・ハリントンという名前の女性です。第一巻「新艦長着任!」ではそのタイトルどおり、彼女が新しく軽巡洋艦「フィアレス」の艦長として着任するところから始まります。ところがこの船は内部乗組員に様々な問題(もっぱら一言で言えば「やる気がない」)を抱えており、さらに彼女はちょっとばっかり戦術において才能の煌めきがあったがために、却って上層部に厄介の種という目で見られて、僻地の退屈な(と思われている)任務へと左遷されてしまいます。
 そんな内外に多くの問題を抱えた状況から、いかに彼女がめざましい活躍でそれを解決していくかという・・・、まあ定型にのっとった快感が与えられるわけです。巻が進んでいってもそれは変わらず、新しい任務→たくさんの不条理な条件を与えられつつも、彼女は実直にそれをこなしていく→予期せぬ強大な敵の出現→多くの犠牲を出しつつも勝利→そして出世、というのが大方のパターンです。
 オナーが毎回、多くの犠牲を払いながら任務を遂行するという軍人の因業さ、そしてその結果、生き残った自分だけが出世していくという現実に苦悩するあたりなども、銀英伝を思い起こさせます。


 でも決して退屈な小説ではないんですよ。そして「ありがちだ」と思わせるわけでもない。これだけ定型にのっとっていながら、です。

 キャラクターたちはみな魅力的です。オナー・ハリントン自身も、ちょっと人間として完璧すぎるきらいはあるものの、彼女の透き通った頭のよさは読んでいて気持ちいいものですし、表面上は艦長としての威厳を保ちつつ、またそれが自分の義務であるからと平然としながらも、内心では常に「これでいいのだろうか」と悩み続ける姿は、とても誠実で魅力的にうつります。
 特に巻の最後の戦闘シーンの山場において、迷いのない態度で徹底抗戦の姿勢を示し、守るべきもののために自らと部下たちの生命を危険に晒しながらも、冷徹な態度と頭脳で最善の作戦を考え続けていく姿は、また一方で失われゆく命に苦悩しながらも、決してそれを表に出さないようにと歯を食いしばる姿は、読んでいて引きこまれずにはいられません。
 彼女の名であるオナーはHonorと綴り、つまり名誉や栄光、自尊心といった意味がありますが、彼女はまさしくそれを体現してみせてくれます。名誉の裏にある不断の努力も、栄光の影にある苦い悲しみも、自尊心ゆえにもたらされる強さも弱さも。魅力的な女性です。

 彼女の人生のパートナーとして、モリネコという生物も出てきます。外見上は足が六本ある猫。しかし知能は人間に負けず劣らずで、精神感応によって意思疎通をするという超能力も備えています。彼らの一部は特定の人間を伴侶として選び、ずっと共に生きていくという性質があるため、選ばれた人間の一人であるオナーはニミッツという名の彼を、軍においても常に傍らにおいています。
 というのも、この国を治める女王陛下にしてからが、モリネコに伴侶として認められた人間であるので。オナーが所属するマンティコアという国は、議会制民主主義を取っていながら、国の象徴として王を頂き、貴族階級も存在するという・・・まあ簡単に言えば現代イギリスの政治形態を、そのまま受け継いでいる国です。これは多分、ホーンブロワーなどのイギリス海軍を舞台にした、海洋冒険小説へのオマージュであるからだと思うのですけど。なんにせよ、「王属軍艦」フィアレスという呼称には、どうしてもやみがたいある種のロマンを感じます。よくないんだろうなーと思いつつ、軍事ものにロマンを感じずにはいられないように。

 多少話がそれましたが、これ以外にも多くの魅力的な人物たちが登場します。例えば、「新艦長着任!」ではオナーの副官となるアリステア・マッキーオン副長。渋く有能な人間なんですが、オナーに対する態度はどうも屈折している。それはひとえに彼が、オナーより年上でありながらまだ艦長職に任じられていないという一点にあります。簡単に言えば彼はオナーに嫉妬を感じている、でもそんな自分の卑小さも分かっている、ゆえに屈折した態度を取る。そういう副官なのです。彼とオナーがどのようにこの問題を解決していくか、それだけでも一つの物語です。

 ただちょっと注意が必要なのは、これは軍事ものであり、彼らは常に戦いの渦中にあり、よって銀英伝でもそうであったように、死ぬ人間はどんどん死んでいくということですね。文中でどれだけ魅力的に書かれていようが、紙面が割かれていようが、関係ありません。死ぬ人は死にます。生き残った人は出世していきます。そして出世していっても、ある日突然死が訪れることはあります。容赦ありません。そこのところだけは、どうしても注意が必要です。


 このシリーズにおいて、戦闘はもっぱらミサイルの撃ち合いによって行われます。当たれば痛い核ミサイル、それをどのように迎撃していくか、重力場(防御磁場)で弾いていくか、そして逆に自分たちのミサイルを当てるか、その勝負です。これがなかなか面白い。
 まず一度に撃てる数は発射口の数と同じであるという命題があります。ついで、そもそもどれだけミサイルを積んでいるかという問題もあります。大抵の場合、敵の方が多くの発射口を持ち、艦も大きいですからミサイルも沢山積んでいます。従って、敵は数にまかせて射程の範囲外からでも、ばかすかミサイルを撃ち込んできます。オナーの側はそうはいきません。少ないミサイルを大切に使いながら、いかに当てるかということに全神経を集中します。・・・シューティングゲームをやったことがある人なら、このシチュエーションだけでいかに燃えるかということが分かっていただけると思うのですが。

 よくないなーとは思いつつ、気分は燃えてしまうのです。そしてミサイルが当たれば、そこには甚大な被害が出ます。一発当たれば即消滅ということは、よっぽど当たり所が悪くないかぎりないんですが、それだけにじわじわとダメージを受け、じわじわと部下たちが死んでいく、その様子も容赦なく描写されます。まあそれは敵も同じなのですが・・・。阿鼻叫喚の地獄とは、戦争の舞台が宇宙に移っても、所詮はなくならないんだなって思います。ひどいものです。でもひるがえってみれば、私にとってはそれが娯楽になってしまう・・・オナーならずとも、考え込まずにはいられない状況です。

 私は軍事ものの抱える「燃え」や「ロマン」は、この背徳性とも無縁ではないと思っているのですけどね。ミステリーに「人死に」が不可欠の要素であるように。
 死を語り、死を弄ぶからこそ、フィクションにフィクションを越えたリアリティとメッセージ性が加わる。人の心を叩くだけの何かが生まれる。これが背徳の楽しみであることを忘れてはいけないと思いますが、フィクションであるからこそ背徳も素直に楽しめ、そうも思います。
 軍事に燃えるってことは、決して人の命を軽視するということではないのです。むしろお気に入りのキャラクターがどんどん死んでいく、そんなところから戦争の無情さを知ることだってあるでしょう。人はいつだって、遠くの真実より近くのフィクションのほうが、生々しく感じられる生き物であったりするのです。そして何より、軍事を笑って楽しむことが出来る状況というのは、つまり平和であるのです。逆説的ですが、人死にを娯楽のレベルに押し上げるために、平和を希求する、そんな考え方すら世の中にはあると思います。人はそういう愚かな生き物なのです。・・・たぶん。


 ともあれオナー・ハリントンシリーズは、定型にのっとった軍事ものの爽快感を味わいつつ、決して戦争の苦さを忘れることもなく、渋くそして充実した内容で巻を重ねています。
 ただ一つの問題はー。本国ではきちんと続編が出ているのに、日本での翻訳は2003年の夏を最後にストップしていることでしょうか。それまでは毎年、一年に一回、上下巻でコンスタントに出版されていたのに、です。
 どうも漏れ伝え聞いたところでは、人気シリーズのあまり、本国でもソフトカバーからハードカバーにステップアップしたのはいいものの、翻訳料もそれに従って上がったのではないかと。で、出版社のハヤカワさんはゆえに二の足を踏んでいるのではないかと。
 あああッ、お願いしますよ、ハヤカワさんッ。というわけで、今回こうして書評を書いてみようかと思ったわけでした。

 でも既刊の分だけでも12冊ありますし、充分に楽しめます。一話(上下巻二冊)ごとに完結していて、「以下次巻」ってこともないですから、とりあえず出ているだけ読んでも、伏線がはられるだけはられて回収されていないとか、そういうもどかしさは味あわずに済みます。
 なので、もしよろしければどうぞ。

新艦長着任!〈上〉―紅の勇者オナー・ハリントン(1)

新艦長着任!〈上〉―紅の勇者オナー・ハリントン(1)

  • 作者: デイヴィッド ウェーバー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1999/01
  • メディア: 文庫

新艦長着任!〈下〉―紅の勇者オナー・ハリントン(1) グレイソン攻防戦〈上〉―紅の勇者オナー・ハリントン(2) グレイソン攻防戦〈下〉―紅の勇者オナー・ハリントン(2) 巡洋戦艦“ナイキ”出撃!(上)―紅の勇者オナー・ハリントン〈3〉 巡洋戦艦“ナイキ”出撃!(下)―紅の勇者オナー・ハリントン〈3〉 復讐の女艦長〈上〉―紅の勇者オナー・ハリントン〈4〉 復讐の女艦長〈下〉―紅の勇者オナー・ハリントン〈4〉 航宙軍提督ハリントン〈上〉―紅の勇者オナー・ハリントン〈5〉 航宙軍提督ハリントン〈下〉―紅の勇者オナー・ハリントン〈5〉 サイレジア偽装作戦〈上〉―紅の勇者オナー・ハリントン〈6〉 サイレジア偽装作戦〈下〉―紅の勇者オナー・ハリントン〈6〉


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